明治座の一番目「明智光俊誉乗切」は三幕にて、山崎合戦より唐崎の馬別れに終る。例の通「真書太閤記」も一二節に芝居の衣をかけしまでにて、かたりに記せる修羅場の読切といへるには適すれども、むづかしき戯曲論など担ぎ出すべきものに非ず。しかし光俊を見するなら、坂本の宝物渡しまで見すれば少しは筋が通れど、馬別れだけでは喰ひ足りずとは女子供までが申すなり。
 序幕山崎街道立場の場は明智の雑兵の乱暴を羽柴の侍が制する処なるが合戦中の事としては、百姓が長閑気に酒を呑み女に戯るるなど無理なる筋多し。光秀陣中の場は光秀が死を決して斎藤大八郎の諫を用ゐぬ処なるが、ここも双方共あまり先を見通し過ぎて実らしからず。小栗栖村一揆の場は明智の落足を見する処なれど、光秀の代に溝尾が出るまでなれば殆無用に属す。

古谷俊男は、椽側に据ゑてある長椅子に長くなツて、兩の腕で頭を抱へながら熟と瞳を据ゑて考込むでゐた。體のあいた日曜ではあるが、今日のやうに降ツては何うすることも出來ぬ。好な讀書にも飽いて了ツた。と謂ツて泥濘の中をぶらついても始まらない。で此うして何んといふことは無く庭を眺めたり、また何んといふことはなく考込むでボンヤリしてゐた。此の二三日絲のやうな小雨がひツきりなしに降續いて、濕氣は骨の髓までも浸潤したかと思はれるばかりだ、柱も疊も惡く濕氣て、觸るとべと/\する。加之空氣がじめ/\して嫌に生温いといふものだから、大概の者は氣が腐る。
「嫌な天氣だな。」と俊男は、奈何にも倦んじきツた躰で、吻ツと嘆息する。「そりや此樣な不快を與へるのは自然の威力で、また權利でもあるかも知れん。けれども此樣な氣候にも耐えてゐなければならんといふ人間は意久地無しだ。要するに人間といふ奴は、雨を防ぐ傘を作へる智慧はあるが、雨を降らさぬやうにするだけの力がないんだ。充らん動物さ、ふう。」と鼻の先に皺を寄せて神經的の薄笑をした。

 水の郷と謂はれた位の土地であるから、實に川の多い村であツた。川と謂ツても、小川であツたが、自分の生れた村は、背戸と謂はず、横手と謂はず、縱に横に幾筋となく小川が流れてゐて、恰ど碁盤の目のやうになツてゐた。それに何の川の水も、奇麗に澄むでゐて、井戸の水のやうに冷たかツた。川が多くツて、水が奇麗だ! それで、もう螢が多いといふ事が解る。螢は奇麗な水の精とも謂ツて可いのだから、自分の村には螢が澤山ゐた。何しろ六月から七月へかけて、螢の出る季節になると、自分の村は螢の光で明るい……だから、日が暮れて、新樹の木立の上に、宵の明星が鮮な光で煌き出すのを合圖で、彼方でも、此方でも盛に、
螢來い山吹來い、
彼方の水は苦いな、
此方の水は甘いな、
といふ呼聲が闇の中から、賑に、併し何となく物靜に聞える。